山歩き・不逞 其の七


山歩きと韓国
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アナキズム文献・運動史 7  朝鮮人アナキズム運動

アナキズム文献・運動史 7 朝鮮人アナキズム運動 

 この国において、朝鮮人アナキズム運動に関する《通史》は空白である。

朝鮮におけ るアナキズム運動、日本帝国主義本国における朝鮮人アナキズム運動、

中国における朝 鮮人アナキズム運動、米国ロサンゼルスにおける朝鮮人アナキズム運動と、

朝鮮のアナ キスト同志たちは、苛烈な彈壓下、各地でアナキズム革命を志し活動を繰り広げた。     

そして闘いの中に斃れ、日帝の官権に捕われ、監獄に送られ、獄死し、

或いは、日帝 の走狗の裁判官に裁かれ、絞首台に立たされた同志もいた。

 帝国主義権力者だけではなく、権力のスパイ、民族主義者、共産主義者たちとの命を かけた闘いもあった。  

公然たる社会運動の団体であっても治安維持法下で「秘密結社」とされ活動家どうし が

顔を合わせただけでも検挙され、デッチ上げ弾圧が横行していた状況では、

活動の記 録はもちろんのこと、機関誌紙の保存も不可能であっただろう。

残されている一次資料 は殆どないと思われる。    

在日本の運動に関しては比較的、記録が残され証言もあり韓国において研究もされ、

運動史、論文として刊行されている。

韓国においても1978年、94年に『韓国アナキズム運動史』が刊行され、すでに韓国語から、

一部を翻訳した仲間がいるがその成果は充 分に生かされている状況にはない。     

1910年、朝鮮への日帝による最終的な侵略と共に、幸徳ら無政府主義者、

社会主義者 の活動の封じ込めを本国内では企図した。遡れば日帝統監府による政府の

支配は1906年 であり、日本におけるアナキズム運動史を語る時代は朝鮮への侵略史と

重なるのである。 数少ない文献のなかで、朝鮮人アナキストの活動に継続的に触れているのは

『自由聯 合』紙である。『自由連合』の紙面の記事を読むと、朝鮮人アナキストとの密接な活動が

うかがえる。共に行動していたのである。自連・自協の対立の運動史のなかで埋没させ てはならない。  

秋山清や小松隆二は、『日本の反逆思想』『日本アナキズム運動史』と運動史の範囲を

〈日本〉と自ら縛ってしまい、朝鮮人アナキストの運動を位置付けられず、付加的な視 点でしか語ろうとしない、

いや語っていない。「日本人」には語る資格がないと判断して しまったのであろうか、朝鮮人のアナキズム運動は

朝鮮人によってのみ語られるべきとい う判断を持っていたとしたら間違いである。   

近藤憲二が『〈私のみた〉日本アナキズム運動』では朝鮮の同志に関して項目をたてて、

述べている。大澤正道は『戦後日本のアナキズム運動』で、解放後の韓国アナキズム運動 を

在日朝鮮人の機関紙からではあるが概略を記述している。向井孝は『墓標のないアナキ スト群像』で

朝鮮ではないが台湾の同志から記述を始めている。

運動史との関連でいえば 不充分ではあるが、現実の運動の記述しようと思えば触れざるを得ないのである。  

朝鮮人アナキズム運動を弾圧していたのは日本帝国主義の権力である。

上海の活動であ っても、長崎の監獄に囚われ、日本国内の裁判所で裁いている事実がある。

日本のアナキ ストが共に闘っていたのは運動史において歴然としている。

筆者自身も、昨秋、李さん、 金さんと出会った時は朝鮮人アナキズム運動はほとんど

把握していなかった。李さんが探 索していた機関紙誌のリストをみせられても全く解からなかった。

1920年代からの朝鮮人 アナキズム運動を運動史の「空白」にしてしまうのではなく、

可能な限り明らかにしてい きたい。その始めとして『自由聯合』紙の見出しをリストにする。 

 

《自由連合》紙に掲載の朝鮮人アナキズム運動関連記事  発行号数・年・月・日

「朝鮮自由労働者組合の生まれた理由」朝鮮自由労働K生  11号 1927・4・5

 

「生かすか?殺すか?朝鮮民衆を!」朝自 金濟元   

「朝鮮に於ける最初の自由労働組合 労働者自由同盟結成さる  去る9月8日朝鮮元山港にて」

「会報欄 朝鮮自由労働者組合 9月13日 被○○追悼  挙行 検挙者27名 拘留4名……」 17号 1927・10・5 

 

「朝鮮総連盟の醜態 青山憲兵分隊の鮮人壓迫」  18号 1927・11・5

 

「全国労働組合自由連合会 第2回大会提出議案

  一 朝鮮自由連合派緒団体との提携の件        (朝鮮自由労働者組合)

  一 植民地労働者に宣伝及組織運動促進の件     (泉州純労働者組合) 植民地、朝鮮・台湾・琉球   

  一 在日朝鮮労働組合自由連合会組織の件       (朝鮮自由労働者組合) 22号 1928・3・5

 

「朝鮮自由の近況」  25号 1928・6・27

 

「政府の手先たる相愛会を撲滅せよ 警察黙許の下に行なわれる鮮人同胞への残虐」  29号 1928・10・1

 

「暗黒裁判で上海の同志投獄 伝えらるる脅迫未遂事件と虚偽の爆破事件 白山秀雄、赤川啓来、武良二、李錫圭 君ら」 31号 1929・1・1

 

「太平洋沿岸の労働者による 東方無政府主義者連盟 日本官憲の迫害、支、鮮、 の同志逮捕」

「暴壓と闘い同志を救え! 上海事件の断罪に抗議せよ!」 32号 1929・2・

 

「叛逆者伝 洪鎭祐 朝鮮」栗原一男

「鉄道工事の鮮人労働者 大挙襲撃」

「斬込事件の同志等を刑務所に訪ふ」 41号 1929・11・1

 

「民族的差別に抗して全鮮学生起つ」 42号 1929・12・1

 

「東興労働の忘年会 禁止さる」

「朝鮮黒色大会事件続報 捕われた柳君 遂に国外追放さる」

「借家人同盟はボルの金儲 朝鮮の同志等反対」

「昌原黒連の同志等 元気で出獄」 43号 1930・1・1

 

「全鮮に漲ぎる 反抗の波動!学生、労働運動の激化」 

「平壌靴工組合黒色化表明に 警察狼狽す」 45号 1930・3・1

 

「朝鮮の同志に彈壓頻々と下る 我等の手で防衛せよ」

「投獄された儘の黒戦社の同志」 「江原道の秘密結社事件」

「在米同志等 黒聯を結成し 全米に活躍す」 46号 1930・4・1

 

「日本帝国主義の手先が 東方聯盟員を死刑 更に強固な国際的提携へ」

「南支在住の鮮人青年聯盟 宣言と綱領を発表」

「メーデー後 朝鮮同志に迫害 固き結合で奪還へ」

「学友会斬入事件の同志出獄」 47号 1930・5・1

 

「北満州を震がいせる 山市事件の真相 我が韓族總聯合會保安隊は、

同志金佐鎭君を 暗殺せる強権の走狗高麗共 産黨幹部両名を逮捕して死刑に處せり!」

「民族運動の誤謬を正せ」冬木耕太

「叛逆者傳  金墨君(正根) 朝鮮 宋暎運」

「鶏林八道を覆う 暴壓・搾取・反動に 嵐を衝いて同志は起った 朝鮮各地より最近の情報」

「官憲がデッチ上げた《秘密結社事件》忠北道陰城の彈壓」

「北鮮に生まれた二つの聨盟」

「農村への宣傳にに努めた 江原青年聯盟の同志金、劉君 捕まる」

「強権新聞撲滅に 同志の直接行動 遂に大争闘起る」 

「瑞川同志の手に依る 社会生理学研究所創立」

「言語に絶する 朝鮮製糸女工の生活 自州支局の活動で 反抗運動の烽火挙がる」

「熾烈に捲き起こる 朝鮮の黒旋風 瑞川地方の最近情勢」 48号 1930・6・1

 

「朝鮮黒色運動略史」

「米全土を席捲したる 黒色運動の烽火! 黒風社同志の 決死的活躍」

「激化し来る 朝鮮の解放運動! 忠北地方を中心に同志 数名検挙さる」

「瑞川に靡く黒旗 赤色の妄動を一蹴して 新興青年聨盟 の結成へ」

「狂暴極まる 支配階級の壓迫」

「《黒戦社》の同志 予審終結」

「朝鮮の同志 2名捕はる 北京で天津總領事館警察の手に」 49号 1930・7・1

 

「言語につくせぬ朝鮮農民の窮迫 日本資本主義の露骨な暴壓に奮起はもう時間の問題」

「憤激した二千名 郡廳と警察を襲撃 朝鮮咸南瑞川郡の民衆が過酷なる誅税 に対し」

「金佐鎭君の《社会葬》挙行 中国中東線山市站にて」 50号 1930・8・1

 

「日韓合併の記念日に際し ビラ二千枚押収さる」

「北朝鮮に 安州黒友會創立さる」  51号 1930・9・1

 

「植民地政策の毒刃に 同志3名起訴さる 強権主義新聞《朝鮮日報社》との衝突事 件で」

「反動分子を膺懲す 韓族聯合會の同志活躍」

「地方通信 朝鮮」  52号 1930・10・10

 

「朝鮮徳川黒友會 警利吏に蹂躙さる 創立後僅か3日にして 秘密結社処分で」

「地方通信 朝鮮から」  54号 1930・12・10

 

「朝鮮同志の殉難 官憲がデッチ上げた 濟州島秘密結社事件」 55号 1930・1・10

 

「北鮮安州で 強権排撃」

「同志を奪はれつ大飛躍《アナルキスト青年聯名》」

「赤色の魔手に殺れた 故金君追悼講演會 白色テロ暴壓に依って禁止」

 

「地方通信 朝鮮」  56号 1931・2・10

 

「朝鮮同志の上に強権の乱舞 各方面で続々検挙」 58 号 1931・5・10

 

「萬寳山事件の真相批判演説會 直ちに解散さる」

「羅州警察署の暴挙 同志7名投獄」  60号 1931・7・10

 

「満蒙の暗雲と支配者の凶刃 萬寳山事件を通して 強権亡者の悪逆」

「東方労働者聯盟 躍進す 日の出亜鉛の差別撤廃争議勝」

「南鮮地方の彈壓策」

「彈壓拘留中の朝鮮同志 9名出獄する」

「軍備縮小の芝居 満鮮兵力の増加 全民衆はこの事実に備えよ」  61号 1931・8・10

 

「朝鮮農民 各所に蜂起 窮乏の生活を脱し 一路自主革命へ」

「血潮は黒し 同志の屍 狂ふ反動の凶刃」

「在満同志に大彈壓」

「自聯短言 朝鮮同志」  63号 1931・10・10

 

「騒然たる鶏林八道 爆弾至る所に飛び 急迫せる民衆の蜂起」

「叛逆しつつある 植民地被壓迫民衆 民族主義を倒せ!」 65号 1931・12・10

 

「全鮮を染めつつある 被壓迫民衆 解放の血潮」 66号 1932・1・10

 

「相愛會撲滅に 在日同志蹶起 日鮮融和を看板に 公然 私刑を敢行」

「朝鮮 清津 同志の活躍」 68号 1932・3・10

 

「朝鮮同志の活動 流血の闘争相つぐ 各仕事場に跳梁したるボル 全く影を潜む……」 70号 1932・5・10

 

「朝鮮自由にボル泣き込む 一蹴されてスゴスゴ退却」 

 

「武装官犬と 大乱闘を演ず 神田東興同志襲撃事件」 73号 1932・9・10

 

「全鮮に活躍の同志捕はる 治維法で最高6年求刑」 79号 1933・4・10

 

「ファッショ化官憲 朝鮮兄弟へ蠻行 民族主義的暴行を蹴散せ」

「留置場一束 丁讃鎭君(朝鮮東興労働同盟員)」 82号 1933・7・10

 

「水害の惨状 飢餓と病魔と戦ふ 南朝鮮の同胞を救へ」

「狂暴朝鮮治下に 暗躍の同志 治維法で送局」

「上海爆弾事件 朝鮮同志3名 日本に移送さる」 83号 1933・8・10

 

「戦線整備闘争下に 朝自解散し 江東橋登録者協力會結成さる」

「黒戦社事件の同志 呉康鉉君 満期出獄」

「獄窓の同志に 温かき手を差し伸べろ!」 84号 1933・9・10

 

「獄窓から 元心昌」 85号 1933・10・10

 

「李乙奎君の出獄」 86号 1933・11・10

 

「この暴壓を見よ! 元、白両君無期懲役 上海爆弾事件 暗黒裁判」

「積極的に歳末闘争 その先頭に立つ 自聯 自協 東興」

「呉致燮君逝く」

「学友會事件判決 金君に懲役5年」 87号 1933・12・10

 

「搾取の強化だ 朝鮮小作令の実施 日鮮農民の団結へ」

「学友會事件公判3月1日開かる」

「元気横溢して 同志続々出獄 湖西銀行事件と済洲島黒化事件」 89号 1934・2・10

 

「上海爆弾事件の同志 白貞基君を回想す 楊子秋」

「隷属と混乱の民族主義 危機打開は無政府主義のみ」 91号 1934・6・5

 

「上海爆弾事件の同志 李康勳を想ふ 南京楊子秋」

「最近に至る 在中国朝鮮 無政府主義の概況 上海林友」 92号 1934・7・5

 

「上海爆弾事件の同志 元心昌傳 梁一東」

「水魔に悩む 南朝鮮 救援の手をさし延べろ」 93号 1934・8・5

 

「朝鮮一般 再建闘争」

「鐵窓一束 梁一東君(朝鮮東興労働同盟員) 全寒村君(土民社) 李東淳君、洪君(黒色新聞社)」 94号 1934・9・15

 

「梁相基君出獄」 95号 1934・10・28  

 

以上が記事の全てである。主要な事項、彈壓の内容に関しては順次紹介していきたい。

 

《ソウルで出版された通史》  

続いて現時点で仲間により翻訳され、未刊行の運動史の目次を紹介したい。  

 

『韓国アナキズム運動史』 前編(8・15以前)

無政府主義運動史編纂委員会編 1978年1994年 蛍雪出版・ソウル

 

第1章 胎動期 1920~24 3・1運動後から朝鮮革命宣言と大逆事件が起こるまで

第2章 組織期 1925~30 散発的組織から連盟体の結成に至る時期第

第3章 戦闘期 1931~45 満州事変、日中戦争、太平洋戦争に連結される時

第4章 (註・大逆事件は朴烈、金子文子らへの弾圧・第2章は翻訳準備中)  

 

『在日朝鮮人アナキストたちの組織と活動』 李浩竜著         

韓國學報第91・92合輯 別冊

目次

巻頭言

1 思想団体  黒友会・黒友連盟の結成と活動黒友会黒友連盟  その他  地方朝鮮人アナキストたちの組織と活動 

2 アナキスト労働運動の展開 労働運動への進出  純正アナキズムとサンジカリストとの対立と統合

3 秘密結社運動  日本無政府共産党への参与  建達会の結成  結語

2001.5.9                  

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by futei7 | 2001-05-09 05:51
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